#権力
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人はなぜ従ってしまうのか — 中国の対立構造から、ウェーバーの支配の三類型へ
日中関係の悪化と、中国の覇権志向の動機を理解したい、という問いから始めた対話。だが辿り着いた先は、 まったく別の場所だった—— 人はなぜ、権力に従ってしまうのか という問い。 最初の疑問は素朴なものだった。 なぜ中国は、勝ち目の薄いアメリカにわざわざ挑むのか。 返ってきた答えは、前提のすり替えを解くものだった。 中国の自己認識の中では、これは「強者への挑戦」 ではない 。かつて世界の中心だった文明が、本来あるべき位置に戻ろうとしているだけなのだ、と。 そこから「百年国恥」の中身(アヘン戦争、不平等条約、最恵国待遇の連鎖、対華21カ条要求)を辿り、 台湾がなぜこれほど重いのか( 二本の歴史の糸が同じ島で結ばれている ——日本統治の残滓と、 内戦で敗れた相手が逃げ込んだ先という、共産党の正統性に直結する未完の課題)を確認していった。 途中で気づいたのは、 「昔偉大だった」より「屈辱を受けた」の方が、人間の行動に効く ということ。 ネガティブな感情の方が心理に食い込む。そして「古くからある連続した民族」という感覚自体が、 実は 近代の構築物 だという指摘。新しい世代は当時を経験していないので、 歴史を追体験させる(=愛国主義教育)しか、その思想を引き継ぐ手段がない 。 そして最後、話は権力論に接続した。 マックス・ウェーバーの「支配の正統性」 。 ウェーバーの出発点は「服従には二種類ある」という洞察だった。 剥き出しの強制による服従 は高コストで、 監視が外れれば崩れる。安定した支配が必ず必要とするのは、 「この命令に従うのは正しい」と 服従する側が内面で納得する こと——正統性にもとづく服従である。だから どんな権力も、 自らを正当化する物語を欲する 。 その納得の材料が、 支配の三類型 : ① 伝統的 (昔からそうだから)、 ② カリスマ的 (この人が 非凡だから)、 ③ 合法的・合理的 (正しい手続きで定められたルールだから)。中国が興味深いのは、 ③の外形をとりながら、②(毛や習のカリスマ)と①(伝統・文明の重み)を混ぜて補強している点だ。 ここで、日頃の組織観察を持ち出した—— 「人間性を無視しても、正しいことを強く言う人が評価される」 。 これがウェーバーの枠組みで分解される。 それはバグではなく、③合法的支配の「仕様」 だった。